言葉マジック。

昭さんという、凄腕の里親の方がいる。

今まで何人も高齢児童を育てあげ、問題児が、みるみる内に変化を遂げる。

その変貌ぶりに、どんな魔法をかけたのかと、いつも不思議に思う程。

私にも「何かあったらいつでも連絡して」と会う度に言ってくれる昭さんに、現在預かっている高校生の事で相談の電話をかけると、とにかくいつでも、どんな時でも、自分都合はさておき、心からの相談にのってくれる。

人は「いつでも相談して」とは言えても、実際にいつでもは相談に応えられない事は多々あり、だからこそのこの昭さんの姿勢は、中々真似が出来るものではない。

相談する度に、求めている的確な答えをズバッと言ってくれる様は、もはや神がかっていた。

そんな昭さん宅に一度、うちにいる高校生を、レスパイトいう制度を利用して、3日間預かってもらう事にした。

無口に加え、無表情・無感情・無感動の彼女は、3日間で、魔法がかけられた。

帰って来ると、そんな彼女でさえ「昭マジックにかかった」と言った。

昭さんから発せられる言葉は、心に深く突き刺さり、心を深く打たれ、心を揺さぶり、人の内に秘める感情を表に出させてくれる。

まさに「昭マジック」なのだ。

昭さんから、彼女が自分の生い立ちや、自分の感情を内に押し込めなければ生きていかれなかった今までを語った事を聞いた。

そして、昭さんに、私達への感謝の言葉を話してくれたと知った。

電話越しに、涙が出た。

日々は、重苦しい毎日ながらも、それでも彼女にとっては多少なりとも救われた場所になっていた事が、とても嬉しかった。

彼女はあれから、少しずつ変化を遂げている。

日々の会話は一方的な私の喋りでも(笑)、「行ってらっしゃい」「ありがとうございます」など、小さな言葉をかけてくれるようになった。

そして今まで、天麦くんとのほとんどゼロだった会話が 、天麦くんが「カッコいいでしょう?」と言えば「カ、カッコいいね…」とギクシャクながらも返してくれるようになり、私は心で笑った。

それでももちろん、日々は劇的には変わらずとも、少なからず私達に寄り添おうとする頑張りを感じる事は出来る。

高校卒業後は、進学か就職かと進路を選ぶ話しの中で「自分は社会の不適合者だから、バイトみたいなすぐ辞められる仕事に就きたい」と、彼女は語った。

高1で社会の不適合者と自覚してしまう様に、悲しさを覚えつつ、そんな彼女の一言には、一瞬言葉を失った。

もちろん、否定はしなかったし、アルバイトが悪い訳ではない。

出来れば保証ある人生を送って欲しい…
ただそれだけだ。

不適合者と感じずにはいられない人生を歩んできた彼女だったにせよ、それには否定をした。

本来世の中にそんな人はいないはずなのに、そう感じずにはいられない人格を作りあげたのは、決して彼女だけのせいではない。

親の使命を、強く強く感じた。

昭さんの言葉に、これからも私達は生きる糧をもらい、心に潤いが持たされ、人生が満ちる。

私が彼女にしてあげられる事はほんのわずかでも、昭さんの言葉を借りながら、そしてこうして皆で育てていける環境に有り難く思いながら、これからも自分なりの頑張りで、里親の明日への道へと繋げていきたい。

先日、ショッピングセンターにて「里親フェスタ」が開かれ、昭さんがトークセッションにゲストとして招かれた。

今迄育て上げた、保育士になった女の子も観覧に来ていた。

昭さんの家には、今現在実子の娘さんと共に、高校生の女の子が二人、5才の女の子がいる。

来月には、他の家庭の高校生も誘い、昭さん主催のカラオケ会が企画される。

引きこもりの男の子も、このカラオケだけは心の底から楽しみにしているらしい。

「昭さんマジック」にかかる大人・子どもは続々増加中…(笑)

結婚式。

久しぶりの結婚式の列席。

今回は、私の後輩男子仲間41才と、1種免許取得のため通った大学のスクーリングで出会ったアラフォー女子との結婚式。

そもそも二人を結びつけたキューピッド役の「私♡」は、ハリキッて参加。

式の前には、新郎母から直々のお礼の贈り物があり、中身はなんと、驚きのGUCCIの財布!!

一生持てないのではないかと思うくらいの高級財布は、それほどの新郎母の思いが、心から伝わって来ました。

息子の幸せをずっと思いながら、将来を案じ、心配も尽きなかったであろう日々…

そんな息子が結婚の運びとなり、嬉しさと安堵感の親心と私も同じ気持ちになりながら、有り難く受け取らせて頂きました。

当日は、氷川神社での挙式のあと、レストラン・ミクニでの披露宴。

主賓席のテーブルに座らせて頂き、乾杯挨拶を仰せつかっていた私は、やや緊張。

事前に「喋りは3分で…」と言われるも、二人の事をそれぞれに喋りたい私は、5分以上経過。
そんな私に、新郎新婦は苦笑(笑)

そうして無事、大役が終了し、乾杯後には、芸術品のように次々と出されるミクニシェフのお料理達。

飲み物も、スパークリングワインに始まり、白ワイン→赤ワインと、お料理に合わせた飲み物がグラスに注がれていく。

瓶ビール片手に周りの方々に注ぎに行く昔ながらのスタイルは出来なかったものの(笑)、テーブルに留まってワインにお料理に舌鼓。

余興あり、新郎新婦それぞれにケーキを食べさせるファーストバイトあり、終始和やかに会は進む。

しかし、新婦新婦の再入場を前に、音声トラブルが勃発。

深田恭子と瀬戸康史の「ルパンの娘」のパロディーを、二人で熱演(笑)
スクリーンに写し出されたのち、再入場という運びが、音声が流れず。

原因究明のため、式が一時中断。

場内ざわつきを見せるものの、列席者のほとんどがホロ酔い状態のため、中断も全く問題なし(笑)

結局、その映像の音声は流れる事なく、喋りのみ二人がマイクでアテレコしながらの、再入場。

司会の方も、さすがはプロ、謝罪と共に「皆様、音は想像力を働かせてお聞き下さい」と、気の効いた一言に、場内も和む。
そして、二人の映像上の物真似に笑いも起こる。

再入場を終え、ドライアイスが入ったお皿に置かれたカップ内にはお水が注がれ、白い煙がモクモクと出る演出と共に、デザートを頂く。

式の終盤、新婦からの両親への手紙。

泣けた。

そして最後の新郎挨拶。

思いがけず新郎から、「美和さんがいなければ僕達は出会えていなかったので、美和さんには本当に感謝をしています」との言葉で、又泣く(笑)

宴も終演を迎え、年頃の未婚のお子さんを抱える親御さんからは「うちの子も、どなたかいらっしゃれば是非お願いします!」と言われ、「いっぱいいますから、任せて下さい~!!」と、酔いも手伝って、結婚相談所のおばちゃん張りに豪語(笑)
すっかり、目上の方々と仲良くなる(笑)

二人の出会いは、まさに「運命」と言えるべき出会い。
そんな二人の、夫婦としての未来は、明るさと希望に満ち溢れている。
そして、私達まで心から幸せな気持ちになる。

そんな式を、久しぶりに目の当たりにした一日だった。

映像トラブルの一件については、数日後、レストランからミクニシェフ直筆サインが添えられた謝罪文が届いた。

自分達の事よりも、列席者への心配をしていた二人だっただけに、レストラン側としての二人への誠意を聞きたく、謝罪文のお礼と共に、自ら直接の電話。

すると、映像料金の返金やトラブルにより余興登場が遅れてしまった友人達も含め、新郎新婦に改めて食事会を設ける意向を聞く事が出来、安心した。

さすがレストラン・ミクニ。
「素晴らしいです!」の言葉と共に電話を切る。

そして又後日、私にまで改めての食事会へのお誘いメンバーとして、新婦から連絡が入る。

驚きと恐縮をしながらも、レストランの粋な計らいに、又も感動。

二人の人柄はいつも、周りに幸せを運んでくれる。

そんなあなた達に、私もなりたい(みつを風)

(笑)

台風19号。

週末にやってきた、60年ぶりの台風19号。

台風前夜、家の周りの植木鉢を片付けたり、ガラス窓の部分のシャッターを下ろしたりと、やって来る台風に備えた。

そして台風当日、朝からNHKにチャンネルを合わせながら、家の片付けをする。

午前中、何度もスマホから大音量で緊急速報のサイレン音が鳴り響く。(心臓に悪い…)

朝食・昼食と食べ終え、時間の経過と共に、NHKの台風状況放送も慌ただしくなり、同級生とのグループラインもざわつき始める。

そして、江東区にレベル4の避難勧告が発令。

そんな時、2階の天井が雨漏りをし始める。

以前、長時間大雨が続いた日、海抜ゼロメートル地帯の近隣の道路を通行中、車が4分の1程浸水で埋もれた事があったため、今回の台風も侮れないと感じていただけに、段々と不安が募り始める。

近所に住む町会の方から、避難場所になっている小学校の状況を知らせてくれるメールも入り、万が一に備え、玄関にあった靴や荷物を2階にあげ、タオルケット・トイレットペーパー・ビスコ缶・懐中電灯などが入った元々準備してあるリュックの中に、更にお財布や着替えを詰め込み、おにぎりを握り、更にごはんを炊く。

いよいよ雨風も強くなり、バタバタと慌ただしく動いていたら、親の不安を直に感じとったのか、天麦くんはおもらしをしてしまう。

慌てて冷静さを取り戻し、共におさるのジョージのDVDを見る(笑)

午後9時に上陸。

しばらくバタバタ・ビュービューと雨風が降り注ぐ。

前にある公園の、工事中の大きな柵や看板もガタンガタンと大きな音を立てて揺れ始め、修復に訪れた工事関係者らしき方が、雨風の中、必死に柵や看板を柱にくくりつける。

そんな外の風景が、更に怖さを増す。

上陸後、なんだかドッと疲れが出始め、母の作ってくれたかぼちゃコロッケを片手に、缶ビールを開ける(笑)

天麦くんも緊張から解き放たれたのか、スケッチブックにお絵描きをし始める。

「何を描いたの?」と聞くと、「やまのしげぞうさん」と答える。

「誰やねん?」(笑)

一気に皆で笑った。

そうして無事、短時間の内に台風は過ぎ去っていった。

しかし、他の市町村では、被害が拡大していく。

災害の威力は計り知れない…けれど人は、助け合いながら乗り越えていかねばならない。

翌日、天井の雨漏りを心配してくれた建築関係の仕事をしている同級生が、早速家の様子を見にやって来てくれた。

そして次々と、スーパーマンのように、何人もの知人の自宅の様子を見に、飛び回っていた。

この人は以前から、自分を犠牲にしても、「人」を心から助ける、正義の人だった。

「自分の中の信頼出来る人達を、自分で助けられる事は極力動けたら…」との言葉が、心にグッと来る。

災害の後、天井の雨漏りくらいでも人の手助けがこんなにも有難く感じるのだから、ひどい被害で本当に困っている人達にとっての手助けは、これからの生きる希望に繋がっていくほどの大きな力を秘めていると感じた。

台風から一夜明け、ラグビーワールドカップでは、日本が史上初のベスト8進出。

「台風で避難している人達にも、勇気を与えられた」との選手のコメントに、ここでもジンと来た。

この数日、色々な心の変動に追い付いていくのに大変だった、長い長い週末…。

助け合いの人々の心が、被害に合われた方々の又新たな一歩になる事を信じつつ…。

彼岸花の咲く頃。

彼岸花が咲き、園長先生からも、お墓参りの指令が下る(笑)

そして「今のあなたがあるのは、ご先祖様のおかげなんですよ!!」と、追い討ちをかけられる(笑)

今回は車で富士霊園に行き、もう一ヶ所のお墓参りにも行く事にした。

富士霊園へは、前日に行われた天麦くんの運動会でもらった金メダルを、本人自ら首にかけて出発。

サービスエリアでおにぎり弁当やヨシカミのカツサンド、お菓子や飲み物を買い、車中で楽しく食べる。

そして、後部座席組は睡眠体勢…(笑)

高速道路では途中、雨がザッーと降り、そんな雨は霊園に着いてから少しすると、パタッと止んだ。

お墓の前で、金メダルを掲げ、運動会で踊った「パプリカ」を踊って見せる天麦くん。

おじいちゃん達は、そんな孫の姿に、きっと笑顔で喜んでいたはず。

会う人会う人に、「金メダルいいなぁ!」と声をかけられ、天麦くんは「カッコいいでしょう!」と答える。

そんなやりとりにも、心が和む。

そうして、次は厚木方面に向かった。

そこには、私の亡くなった父の弟の息子が眠っている。

結婚して間もなく、白血病で亡くなった彼は、33才の若さだった。

歯が痛いと、歯医者さんに一年通い、原因は白血病から来ているものだと分かった時には、もう手遅れだった。

笑顔の似合う、穏やかで優しかった彼。
彼の母親は、その後、心の病にかかり、すっかり連絡がとれなくなった。

息子の死により、家族は色々な日常が様変わりした。

それでも人は、生きて行かなければならない。

そんな親戚のお墓は、黒く光輝く墓石で、墓石の台座の上には、ちょこんと手を合わせたお地蔵様の石像が置かれ、私達も手を合わせながら、お地蔵様の頭をまぁるく撫でた。
天麦くんも、それを真似る。

きっと亡くなった彼も、天国から喜びの笑顔を見せてくれているはず。

いいお墓参りだった。

そしてそんなお墓参りの前々日、近所にあった駄菓子屋さんの息子さんに会った。

前々から、幼少期にその駄菓子屋さんに通い、お店番をしていたおじさん・おばさんからたくさんの思い出をもらった事を息子さんに伝えたいと思いながら、何年も過ぎた。

軽い会釈はしても、息子さんにその事は中々伝えられないままだったのが、その日はなぜか、躊躇なく声をかける事が出来、息子さんにそんな長年の思いを伝える事が出来た。

息子さんからは、「ちょうどなくなって10年…お彼岸だから、父や母が喜びます」と言ってもらった。

その日の夕方、駄菓子屋さんの思い出を綴ったお手紙も添え、お供え物と共に自宅に持参した。

翌日、息子さんご夫妻はお墓参りに出掛け、お墓にお供えしてくれた事をわざわざ家まで報告しに来てくれ、とても嬉しかったと伝えてもらいながら、私の心まで暖かくなった。

彼岸花の花言葉のひとつに「また会う日を楽しみに」という言葉があります。

人の心を動かす彼岸花は、お墓参りの幸せも運んでくれます。

そう、また会う日を楽しみに…。

令和元年熊本旅行。

今年の熊本旅行。

1日目。

午後からのゆっくりの便で出発。

天麦くんは、飛行機の中で頂けるおもちゃを自分で選べるようにもなり、飛行機柄のビニール風船・描いて消せるお絵描きアイテム・キナリ色のエコバッグの中から、迷わずまさかのエコバッグをとり、思わず笑う。

CAさんから「音楽聞きますか?」と声をかけられ、「聞きます!」とイヤホンをもらう。
そして、イヤホンを耳につけながら、音楽鑑賞に興じる(笑)

その内にカクンと就寝。

あっという間に空の旅は終わり、到着後は親戚宅に寄ってからホテルへと戻る。

ホテルは昨年同様、ビジネス的ホテルながら、最上階に温泉がありの、お風呂上がりに生ビールが頂けるコーナーありの、ちょうど良いサイズのラーメンを頂ける夜鳴きそばコーナーありの、お気に入り処満載のホテルに宿泊。

まずは最上階の温泉に入り、生ビールを頂く。

そして、馬刺を食べに街に出る。

お店のアルバイトの若者達が、皆で天麦くんの相手をしてくれて、有難い限り。

ホテルに戻り、就寝体制に入った途端、「家に帰りたい…」と泣き出す天麦くん。
なんでやねん(笑)

そうして、一日目の夜は更けていくのでした。

2日目は朝から雨。

ゆっくりとバイキングの朝食をとりながら、晴れ間が見えた午後から、親戚である母の姉と妹さんも一緒に、祖父母のお墓参り。

「今年も来たよ~!」と語りかけながらお墓の周りを掃除する。

お墓まいりは、着いたタイミングから語りかけるのが良いらしい。

「又来年…」と呟きながら、お墓を後にする。

そしてそこから、近くにある名水百選に選ばれている「轟水源」へ。

轟水源は、日本に現存する最古の、上水道へ水を供給しているくらいキレイな事でも有名で、近隣住民の生活用水として現在も使用されているそうです。

夏場は子ども達が、キラキラの水源でのびのびと気持ち良さそうに水遊びを楽しんでいるものの、この日はゲリラ的豪雨の影響で子ども達の姿が見られず、ポツンと遊ぶ。

水源近くの、日本唯一の「雨乞い大太鼓」が26基残されている宇土市大太鼓収蔵館へも立ち寄る。

昨年よりも太鼓を叩く天麦くんの姿が様になりながら、大き過ぎるくらい大きな様々な太鼓を皆で叩く。

雨乞い太鼓と言うだけあり、そのあとにザッーと又豪雨(笑)→又止む。

再び車に乗り込み、近くの町内温泉へ。

母の姉はガンの転移により膀胱を切除し、ストーマ手術をして専用の装具装着を強いられており、去年一緒に入った温泉には入れず、足湯の方へ。

母の姉は気持ち良さそうに足湯に浸かる。

装着は24時間365日。
数日に一度新しいストーマの袋を交換。

漏れる事もあり、横向きにも寝られず、食事もほとんど味覚を感じられず、常に心配も尽きないため、心は曇りがち。

そんなストーマ装着の大変さを語りながら、それでも生きている事に感謝している…と話す。

そう、人はいつどうなるか分からず、昨年入れた温泉が、今年は入れない事もある。

だからその時その時を楽しみながら、「今」を生きるしかない…

足湯の温度がポッと上昇した。

そして、母達の住んでいた宇土の素晴らしさを、今更ながら改めて実感。

市内に戻り、2日目の街散策。

ちょうど市内中心部のバスターミナル近くに、クラフトビールのフェスティバルが開催。

立ち寄って、クラフトビールを購入。

ビールに合いそうなおつまみを購入したものの、この日一番美味しかったのは、試食で頂いたバター醤油海苔(笑)

袋毎購入し、皆でバリバリ食べる。

クラフトビール2杯目。

会場にはなぜか浅香唯のC-Girlが流れ、その音楽と共に、天麦くんはちょっとしたステージに自ら上がり始め、創作ダンスを披露(笑)

それを見たカップルや会社員の方が笑いながら手を叩き、私も思わず大笑いしながらスマホカメラを手にすると、一気に皆に見られている感覚に陥ったのか、素早くステージを降りる(笑)

クラフトビールと天麦くんのおかげで、楽しいひとときを過ごしながら、会場を後にする。

又もゲリラ豪雨。

靴もびしょ濡れになりながら、所々の水溜まりに入り、雨の中親子でバシャバシャ。

楽しいひととき。

この日の夜は「家に帰りたい」宣言なく、あっという間に就寝(笑)

3日目。

熊本城近くの城彩苑という熊本の食や文化を満喫出来るところに立ち寄ったあと、天草へ。

天草五橋や天草四郎が有名な、歴史ある天草。

この日はそんな天草の、大江戸温泉グループの宿に宿泊。

ウェルカムドリンクにチェキでの記念撮影、ミニ花火のプレゼント。

日の出日の入りが見られる絶景露天風呂、種類豊富なバイキング、世界のボードゲームが置かれた寛ぎの一室。

どれも楽しみにしながら、少しホテル周りを散策。

天草五橋の模型や説明がなされた小さな公園でのバッタとり、坂を下って草花に目をやりながらの散策は、まさに小さな探検。

しまじろうのお話しに、ジャンとケンが探検隊に紛し、森を散策する回があり、まさにそれになりきっての探検は、観光だけでは得られない、自然との触れ合いの素敵な時間がありました。

汗だくになり、お風呂に入り、おまちかねのバイキングの夕食。

案内後、席に着いた際に係の方からの説明…

「お子さんに、お約束があります。聞いてくれるかな?」との前ふりのあと、食事スペースでのマナーやルールを子どもに優しく、真剣に、きちんと教えてくれました。

そのおかげもあり、天麦くんも静かに席で過ごしてくれ、周りの子ども達を見ても、走りまわったり、大きな声を出す子もいない。

こういった社会のルールを第三者が真剣に教えてくれる事が少なくなった昨今…

その係の方の姿に感動しました。

食事もゆっくりとる事が出来、その後、玄関外の決められたスペースで手持ち花火を楽しむ。

キレイな花火の火に目を奪われながら、最後の線香花火では、思い出に浸る(笑)

いい時間過ぎて、ロビーで行われていたじゃんけん大会に出場しそびれる家族(笑)

まだまだ夜は終わらず!

ボードゲームのパズルに熱中後、30分間の初カラオケタイム。

天麦くんがパプリカを歌い、おばあちゃんがマラカスでリズムをとる。

売れないアイドルに熱狂ファンの出前コンサート状態(笑)

おばあちゃんが演歌を歌うと、天麦くんがマラカスを動かす。

そんな光景は、本当に微笑ましく思えました。

いい夢が見られました。

4日目の朝は、又もゲリラ豪雨。

早めに空港に到着し、ゆったりと過ごす。

熊本地震の影響で、食事処が外に設置されていた年もあった空港も、すっかりと復活を遂げ、熊本の町並み同様、すべてが復興に包まれていました。

ほとんどが雨降りの4日間でも、素敵な時間・思い出多き熊本に、又来年も来れる事を願って。

御神輿担ぎ。

去年は大学のスクーリングで日程が合わず、半ばホッとしながら?不参加だった町会御神輿(笑)

今年は免れず?担ぐ事に…(笑)

前回は、半ダコという半分の丈の下に履く股引きと、薄めの地下足袋を着用したものの、半ダコは着方が独特で動画を見ながらかなり苦戦し、地下足袋は薄めだったため足が疲れた前回を参考に、今回は少し自分なりのグレードアップを図る(笑)

暑さが照りつける中、浅草の祭り用品の専門店にお買い物。

伝法院通りのこじんまりとした粋なお店。

股引きを選ぶのに、素人の私は色だけで選んで手にしていたら、「藍色」は、色が落ちやすく肌にもつくというお話しををお店の方から聞き、改めて探す。

そして、今は着脱が楽な、ズボンタイプの股引きがあり、素人の私にはもってこいの、このタイプにしてみる。

そして地下足袋は、底がエアークッションになっている、スニーカーのような地下足袋をゲット。

確かに履き心地がスニーカー!
これなら足が疲れない!

そんな買い物を終え、当日を待つ(笑)

天麦くんには町会の副会長から、孫が着ていたという本格的な子ども用の祭り衣装一式を貸して頂き、山車を引っ張る。

途中途中の休憩所で、事前に持参した大きな袋にお菓子を入れてもらいながら、町内を元気な子ども達が練り歩く。

最後にはパンパンで、大きな袋がはちきれんばかりのお菓子達(笑)

溢れる笑顔で無事、子ども達の山車イベントは終了。

お菓子配りのお手伝いをしていた私は、この時点でややグッタリ(笑)

そして昼食&軽いうたた寝後は、いよいよ大人御輿出陣。

副会長に頭に巻いたハチマキのダメ出しをくらい、結び直される(笑)

肩にグイッと重みを感じながら御神輿を担ぎ上げ、皆で掛け声をかける。

大人御輿も子ども達とほとんど同じルートを辿り、休憩所ではビールやアイスが振る舞われる。

そこで、御輿担ぎの達人に声をかけられ、肩に手拭いを畳んで入れると、衝撃が押さえられると教えてもらったり、足は摺り足で歩くと良いと指導を受ける(笑)

達人は「担ぐのが楽しくて仕方ない!!」と語り、素人の私は中々実感出来ないままながら、3時間が経過。
そして、肩は赤く腫れ上がる…(痛)

しかし、不思議な事に、終了に近付く頃には、清々しい気持ちを体感。

神パワーなのか、町会パワーなのか、たくさんのパワーが降り注いだ感じで、なんだか担げて良かった…と思い始める(笑)

典型的な江戸っ子気質の副会長の「これからの未来ある子ども達が元気に町内を歩く事が、町を元気にするんだ!」と、町会を元気にするために寄付を募り、お神輿まで購入したという話しを聞き、町の活性化を常に考えている下町の職人気質な心意気に、素晴らしさを感じた。

そんな副会長についていきながら、又来年も担げそうな気がしています(笑)

夏期講習。

夏休み、又大学の一日夏期講習にひろみ先生と出掛けました。

「からだとこころを育む」という相互テーマで行われた全体会では、おかあさんといっしょの「ブンバボン」・オリンピック応援ソング「パプリカ」の監修や社会的活動・多方面に渡る活躍をされている山梨大学の学部長である先生が講師として招かれ、私達は終始頷きながら、興味深く先生のお話しを聞く事が出来ました。

講演会のテーマに沿ってお話しが進められ、子ども達が健やかに育っていく上で、最も大切な基本的スタイルを失って来た昨今、子どもが抱えている問題の提議がなされました。それは…

「学力の低下」
思考力・判断力・表現力・学びに向かう力(学び続ける力)が低下している事。

「コミュニケーション能力の低下」
挨拶や国語力・英語力の問題ではなく、人を思いやる力・人を慈しむ力が低下している事。

「体力の低下」
基本的な動きが習得されず、運動量が減少している事。

この低下は、1980年代から始まり、「子どもらしさ」が失われた時期は、1970年代後半との事。

思い起こせば自分自身の幼少期。
確かに公園で思いきり遊び、道路でゴム跳びをし、チョークで絵を描き、私達の今があるのは、あの頃の遊びを通した仲間との共有。

それが、昨今は子ども達が仲間と「共有」する、熱中出来る時間や場所も減り、大切な何かが薄れ始めているようにも思ったり。

そんな失われゆく現代に、子ども達を元気にするには、やはり色々な遊びやスポーツであり、多様な動きが経験出来るよう、様々な遊びを取り入れ、複数の運動遊びやスポーツを行う事で、子どもが豊かな心と健やかな体を育む事が出来る、とのお話しでした。

それには大人である私達が、子ども達が「面白く」「心地良く」「自ら」学んでいける事、実践していける事が将来に繋がる子育て・教育をしていく事が必要であり、こうして私達がこれからの子ども達にしてあげられる事を先生から改めて教えて頂く事で、体を動かす教育の大切さを今一度知る事が出来ました。

「これから立ち向かわなければならない、社会の様々な問題を解決するために。
子ども達に幸せな人生を送ってもらうために。
私達の仕事は、思い通りにいかない事を学ばせてもらい、人様に教え、お金をもらっている。
この職業を生き様にして欲しい…」
との締めくくりが、胸に響きました。

1時間程の講義はあっという間で、まだまだ聞いていたいくらいでした。

このあとは、事前に希望をして申し込んでおいた分科会へ。

私は「主体的・対話的で深い学びの実践を考える」というテーマ、ひろみ先生は「多様な子どもと繋がる保育のポイント」というテーマでそれぞれに分かれて参加しました。

私の参加した分科会では、ある日常の子ども達の様子を撮影した映像を見たのち、映像の中での子ども達の様子を「主体的・対話的・深い学び」分け、その後グループ討議で白い模造紙に分類していきながらまとめていったり、ある幼稚園の運動会の取り組みからの「主体的・対話的・深い学び」について考えるという授業が行われました。

それぞれの園のそれぞれの先生達がこうして「学びの場」に集い、考え、意見を出し合い、まとめ、発表し合う…
こういった時間は、今後の保育にも大いに役立ち、本当に貴重な時間です。

最後に一人一人に修了証が手渡され、充実感に浸りながらひろみ先生と共に、この日の総評を語り合いながら飲むビール…
格別です(笑)

こうして「学び」の一日が終わると「又学びたい!」と思うのです。

1学期の最後にも、園内研修と称して先生達と勉強会をしましたが、たくさんの良い意見や考えが聞かれ、先生達からも「楽しかった」との言葉がとても嬉しく思いました。

これからも、子ども達により良い保育をしていけるよう、「学び」を楽しみながら行っていきたいと思います。