旧友。

時折会っていた中学の恩師である先生から、先日珍しく電話があった。

先生は辿々しく話しながら、用件は、ある旧友を探して欲しいとの事だった。

詳しく話しを聞くために、先生の自宅を久しぶりに訪問。

先生は、以前から患っていたアルツハイマー型認知症が、進行していた。

突然何の話しか分からない話しをする。

固有名詞が出てこない。

言葉が辿々しく、時折詰まり、話しが続かない。

表情に乏しい。

まだ、60代での現実だった。

中学の時、先生は体育の先生、奥様は家庭科の先生だった。

先生は学年主任も勤め、当時の不良達と日々、戦っていた。

先生は、思い出したようにあの頃の苦労を語る。

真摯に向き合ったとしても、恨まれる事もあらば、先生自身の後悔も尽きない。

あの頃の学年の先生達は、熱意に溢れ、いつも一生懸命に生徒に向き合っていた。

そんな先生には、感謝をしながらの今の繋がり。

病気を悟りながら、先生が会っておきたい旧友…

昔のアルバムは、生徒の住所や電話番号まで掲載されているものの、今もその方がそこに住んでいるのかは不明。

幸い、その方の名前が一般的ではなかったため、電話帳検索をしてみる。

すると、アルバムに掲載されていた住所に近いその人が、一発検索。

早速その方に電話をかける。

留守だったため、自宅まで行ってみる事に。

残念ながら自宅も留守。

ゴールデンウィーク期間中、旅行かもしれないと、書き置きの手紙を書き、扉にはさむ。

数日後、なんとその方から電話が!

「どうして勝手にやるんだ!」と話しの前後が分からなくなり、パニックになってしまってはいけないと、まずは奥様が旧友の方と話し、すべて決まった上で、先生に落ち着いてゆっくり説明するところから始める。

不安になる事が拒否に繋がってはいけないので、「これから何をするのか」を事前に説明する。

旧友の方は、先生の自宅に向かう手筈まで整えてくれ、本当にいい方だった。

そして、後日、先生とその方は、何十年ぶりかの再会を果たす。

旧友と会えた喜びを私に伝えてくれた先生は、驚くほど辿々しさが薄れた喋りで、希望に満ちた声は、意気揚々にも感じた。

これには驚き、やはり昔の思い出というのは、脳を活発にしてくれるきっかけだと、改めて感じた。

しかし、家族の不安は計り知れない。

これまで当たり前のよう出来ていた事が出来なくなり、家族や周囲の人から聞かれたごく簡単な事ですら容易に答えられず、先生の心はきっと、不安で一杯なのかもしれません。

それでもやはり、昔の思い出というものは、いつの時代も未来を明るく照らしてくれます。

自分が輝いていたあの時代、この時代を共有出来る仲間達…
誰しもそういったひとときを心の糧にしながら、日々を生きているのかもしれません。

人は懐かしい物に触れたり、思い出を語り合う「回想法」なるものは、脳を活性化し情緒を安定させ、認知症の進行予防やうつ状態の改善に繋がる可能性があると言われているそうです。

先生にもはっきりと、一瞬でも、又新たな未来が見えた気がしました。

昔懐かしい楽しい記憶は、ひと度古い物に触れた時、一瞬にして昔に戻る事が出来、昔の話しを語る相手がいれば尚の事、人はいつでもあの頃に戻れるのです。

人それぞれに思い出があり、それらをふと思い出す事で、心穏やかに、幸せな気持ちになる事も出来ます。

かくゆう私もそうです。

「思い出」は、若かりし頃にはそれほど意味を持っていませんでした。

年齢を重ね、自分の人生を振り返る事が増え、そんな時「思い出」が、大きな心の支えとなっているのは確かです。

人はそんな時、自然に笑みもこぼれます。

自分の人生を今一度振り返った時、「思い出」と共に大切な何かを再確認します。

先生は今、病気と向き合いながらもきっと、昔の思い出を揺り起こし、脳に働きかけながら、この旧友との再会が又、生きていくきっかけになった事と思います。

人はいつ、何時、何が起こるのか知れません…

でもきっと、「思い出」はいつもどんな時も、心に寄り添ってくれる旧友なのだと、そう思います。

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