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コロナウイルスと別れ。

 コロナウイルスの勢いは止まらぬまま、年度末を終えた3月。
 別れは様々に訪れた。
 園の休園を決め、担任の先生達の子ども達に対しての思いが、日を追う毎にひしひしと切なく胸を打つ。
 どの決定が適切なのか、正解・不正解もままならぬまま、決定を下さねばならぬジレンマに苦しみながらの3月。
 きっと、どの教育施設でも起こっていた事態。
 皆、やるせない思いでこの事態を受け入れ、前を向こうとしていた。
 そんな中、暑い日も寒い日も門に立ち続けた環さんと、私の片腕のような存在だった浩美先生の二人が、長年の日の丸生活に終止符を打った。
 環さんは、日々を穏やかに、緩やかに過ごしながら、子ども達を暖かく見守り、親子共々に声をかけてくれた。
 時折環さんからの、私がいたからこそ頑張れたと言ってもらえた年上の先輩からの一言は、とても嬉しい言葉だった。
 浩美先生とは、数年の間クラスでのコンビを組み、未就園児クラスの担当や様々な場面でも力を貸してくれた。
 浩美先生との初めての出会い。
 理事長と廊下を歩く、スカートを履いた小柄な女性。
 理事長の話しに一生懸命に耳を傾け、丁寧に対応をしていた浩美先生には、素朴な親近感さえ感じた。
 入職後はこじか組に入ってもらい、共にクラスで過ごすようになってから、私は浩美先生に数えきれないほどの手助けをしてもらった。
 慌ただしく、クラス内ではドタバタ騒ぎもある日々の保育。
 私が伝える事をいつも浩美先生は黙ってやり遂げ、一生懸命に行い、文句ひとつ言わず、共に過ごしたこじか組の日々。
 私にとってのこじか組は、浩美先生に支えてもらえる安心感を感じながら、楽しみながら、自由に、気ままに、けれども意欲的に進められた数年間。
 浩美先生はいつも真っ直ぐに、純粋に、人を思いやって、又思いやって、これでもかと真心を一心に注ぐ。
 これはもう、人として尊敬に値すべき人柄であると、本当にそう感じた。
 だからこそ、そこには人が集まり、思いを寄せる。
 それはもう、浩美先生の人柄に尽きるのです。
 浩美先生のおかげで、気付けた事も数多くあった。
 
 以前、私の喉のポリープ手術の入院で、病院に娘さんとお見舞いに来てくれた浩美先生の、親としてのいい顔が忘れられない。
 3番目の息子さんの受験での一コマに涙していた浩美先生の、親としての思いやりの顔が忘れられない。
 1番上のお兄ちゃんが仕事をするようになって、成長を感じていた親としての喜びの顔が忘れられない。
 浩美先生はいつも、「子育てをやり直したい」とよく笑って言っていた。
 けれどもお子さん達は、浩美先生の強い心と心からの思いやりで、3人共立派に成長を遂げ、やり直しは全く必要ありませんでした。
 そんな浩美先生だったからこそ、この日の丸幼稚園で、子ども達にも、保護者にも、心から寄り添えたのでしょう。
 日々、子ども達の事を考えながら、試行錯誤をしながら、時間をかけて保育をしている姿、きちんと個人の成長に繋げている姿には、ただただ尊敬ばかりでした。 
 自分自身も楽しめる姿勢。
 改めて、これが保育なのだと思いました。
 浩美先生の新たな夢のチャレンジ。
 驚く程真っ直ぐに、純粋に、ここから又新たなスタートを切ろうとする勇気に、心からの拍手を送りたいと思いました。

 高校生の頃、とても仲の良かった友達がいました。
 卒業式の日、たくさんの色々な思いを共有した彼女にアルバムにメッセージを書いてもらおうと預けると、そこに書かれていた言葉は「ありがとう」の文字がたった一言だけでした。
 彼女は言いました。
 私にたくさんの感謝とたくさんの伝えたい事があって、考えに考えた末、書けたのはこの言葉だったと。
 あの時、「ありがとうの」言葉だけを淋しく感じていたのが、今になると、彼女のその気持ちが分かるのです。
 人は、数えきれない感謝とあり過ぎるくらいの色々な思いがあったなら、その人への言葉はきっと、「ありがとう」に尽きるのだと。
 その「ありがとう」は、たった一言でも様々な思いが込められた感謝の言葉なのだと。

 いつか又、浩美先生の甲高い可愛らしい笑い声を聞きながら、お互いのあれこれを語りあえる日が来るのが、とても楽しみです。
 これからの浩美先生の未来と同じくして、私も頑張りに繋げていきたいと、そう思います。
 
 天麦くんの幼稚園の担任の先生2人も、この年度で退職となり、こんなふうに別れが続き、ご挨拶に伺った時、やっぱり泣きました。
 お二人の先生にも、初めての担任の先生としてたくさんの思い出と感謝でいっぱいだっただけに、別れの辛さを改めて思いました。
 でも、それが又、新たな未来なのです。

 別れと出会いを繰り返しながら、いつになるか知れないこの今の現状の現実が、虹色に明るく輝く日が来るまで、待ちながら、戦いながら、日常の日々に全力を尽くしましょう。
 その日はきっと、必ず来ます。

一期一会。

「一期一会」という名のお店で、一期一会の出会いがあった。

オープン以来、よく通っていたこのお店に、先日久しぶりに買い物帰りに立ち寄った。

美味しいパスタに生ビールを一杯と思っていたら、カウンターに青年が一人座り、言葉を交わすと、ある人と待ち合わせと言う。

そのある人とは、前の週にこのお店で会ったという、70代のおじいちゃん…

初めて会って色々な話しをしてくれたと言うおじいちゃんに、「来週もここで会おうな!」と青年に言い残し、別れたらしい。

その口約束だけでやってきたこの青年に、私は心中「70代のおじいちゃんだし、お酒の席の話しだから、今日は来ないのでは…」と思いつつ、そのおじいちゃんを待ちわびる青年に、純粋な心を見る。

そして、カウンターには、新たな女性がやって来る。

その女性は、「角打ちミュージシャン」なる50歳の女性。

Wikipediaによると、角打ちとは、「酒屋の店内において、その酒屋で買った酒を飲む事」と記述されている。

そんな「角打ち」に「ミュージシャン」の要素もプラスされ、益々興味深さも増したところで、帰ろうとしていた腰を下ろし、女性の話しに耳を傾ける。

やりたい事に前進し、「人が好き!」とキラキラと目を輝かせながらマシンガントークを繰り広げるこの女性に、私もどんどん引き込まれる。

そうして日々の活躍話しに耳を傾けていると、そこへ、青年が心待ちにしていたおじいちゃんが登場。

私の想像を越えるオーラを放った、おじいちゃんならぬご年配ダンディー。

青年が「待ち人」になるのも納得の、人生の指南者的存在。

こうして、2度目の腰を下ろす(笑)

聞けば、雑誌の編集長の方だと言う。

制作している雑誌を見せて頂き、表紙から構成から文章に至るまで、すべて「粋」な編集長流の流れに、その雑誌に釘付けになりながらページをめくり、読み進める。

私は「凄い」の連発をしながら、編集長は言う。

「一番偉いのは、農家さんですよ。私達物書きの職業は、なくなっても何ら困る事はないけれど、農家さんがいなければ私達人間は、生きていけないんですから。」
と、オーラを放つ編集長の言葉は、心を打った。

雑誌制作の裏話しや制作秘話など、普段聞く事の出来ない話しに、私は感心しながらすっかり聞き入るばかりだった。

そんな私の姿に、編集長は「人の話しに耳を傾ける姿が、聖母のようだ」と言う(笑)

私のような一般人にとっては、聖母に見えるくらいに聞き入り過ぎるだけの事だったとは感じながら(笑)、顔の相までも誉めて頂き、この年齢になると、中々誉められる事も少なくなる中、青年と同じく、人生の勇気までももらえる有難い言葉を色々と頂く事が出来た。

50代にしてあのパワー。

70代にしてこのパワー。

人は、生き様だ。

人生の楽しみを学んだ「一期一会」の出会いがあったこの日、まさに神回であった。

そうして、それぞれが帰途につく。

夜空は澄んでいた。

七福神巡り。

令和2年。
年明けにチャレンジしたのは、ご利益のありそうな「七福神巡り」。

どの場所でも七福神巡りはあるものの、やはり地元、亀戸の七福神巡りを選択。

七福神は、亀戸周辺の3つの神社と3つの寺院に祀られており、大体2時間程で効率良くまわれるよう、モデルコースなるものも掲載されている。

それに習い、まずは「常光寺」というお寺からスタート。

延命長寿のご利益があるとされる寿老人のお寺にて、中央に七福神の印が押された色紙を500円で購入し、ここからひとつひとつ御朱印を頂きに巡る。

御朱印にプラスして手書きの文字が加えられると金額も200円から300円と上がるものの、墨で書かれる文字が入るだけで、ご利益は変わらないと言われていても、ご利益パワーがグッと上がるような、色紙にも箔がつくような気持ちで、手書きコースを選択。

そこから数分で、芸道富有のご利益があるとされる、弁財天が祀られている「東覺寺」へ。

ここでは、文字入れを待つ間、子どもにはちょっとした昔ながらのおやつを頂き、書き終えた色紙を乾かすのに、昔ながらの炙り出し機を使い、何だかその空間がホッとするひととき。

次は、我が家の守り神である、愛敬富財のご利益があるとされる恵比寿神と、有富蓄財のご利益があるとされる大国神が祀られている。「香取神社」へ。

こちらはスポーツの神様でも有名なため、オリンピック選手なども訪れるという神社。

そして、人も賑わいを見せ、やや待ち時間。

その後、勇気授福のご利益があるとされる毘沙門天が祀られている、「毘沙門堂」へ。

こちらは、うっそうと茂る樹木の中、横溝正史の金田一耕助シリーズの舞台にでもなりそうな、そんな雰囲気を醸し出したお堂…

そして、車座に座ったご住職らしき方が、書道家のような雰囲気でサラサラと色紙に筆入れし、書きあげた色紙を悟りの境地で手渡される。

悪魔降伏の仏神に相応しいお堂に、違う意味で勇気が授かりつつ、そんなお堂を後にする(笑)

そんなお堂前に、小さなおにぎり屋さんを発見。

こだわりの、米。
こだわりの、海苔。
こだわりの、塩。
ごはんと塩と少しのおかず。そこに、暖かい気持ちを込めて、握ります。

と、記された黒板に、おにぎりに込められた思いを感じながら、メニュー表に目を通す。

私の一番好きなおにぎりの具は「すじこ」。
色鮮やかで、とろっとした塩っけの感じが、おにぎりに絶妙にマッチ。

出てきたおにぎりは、すじこがこれでもかと入っていて、一口かじるとごはんがほろっと崩れ、口の中で具とごはんが絶妙にマッチ。

七福神巡り途中の道草には、小腹も満たされちょうど良いエネルギーチャージアイテム。

そんなおにぎり屋さんを後にし、終盤戦は、人望福徳のご利益があるとされる福禄寿が祀られている「天祖神社」へ。

こちらは、「こんなに素敵な神社が亀戸にあったんだ!」と思うくらい雰囲気の良い神社。

御朱印待ちも列をなしており、待ち時間には可愛いねずみの干支鈴を買う。

ゴールは目の前。

清廉度量(度量の広さ、正しい行動をする事、清い心を持つ事)のご利益があるされる布袋尊が祀られている「龍眼寺」へ。

でっぷりとしたお腹とニコニコ顔の布袋様が、頑張って巡った道のりを、心から褒めてくれているような、そんな清々しい気持ちになった。

布袋様が持っている袋は、お布施によってどんどんと大きくなり、袋には、人々の感謝の気持ちや慈悲の心が詰まっているそう。

そんな感謝や慈愛で、あの顔が作られたのでしょう。

「生き方で顔は作られる」

最後には、そんな事を思いながら、完成した七福神巡りの色紙を手に、又来年も、こうして福を集めに巡りたいと感じた、新しい年の始まり…。

2020年も、どうぞ良い年になりますように。

お遊戯会2019。

第1部。
りす組・劇「白雪姫」

年中向けにアレンジされた白雪姫は、「♪しらゆき~ひ~め♡しらゆき~ひ~め♡」と、とても耳に残るオープニング。

ニコニコ笑顔で皆が踊り、自由遊びでも、いつの時でも歌って踊って見せてくれるりす組の子ども達から、とても楽しそうな練習の様子が伝わり、それぞれのキャラクターを生かしたセリフが劇を盛り上げてくれました。

「世界で一番美しい女になるのよ♡オーホッホッホッ」のセリフに「女」キーワードと「オーホッホッホッ」の高笑いの台詞セレクト、良かったです(笑)

そしてラストのエンディング曲を耳にする度、結婚式に参列したい気分になりながら「白雪姫と王子様、結婚おめでとうございます♡」と言いたくなりました(笑)

うさぎ組・劇「さるかに合戦」

りえ先生が日の丸現役時代に手掛けた伝説の「ライオン・キング」。

あの当時、りえ先生は「水戸黄門」「沖縄風浦島太郎」など、通常劇とは違う種の劇を扱い(笑)、そんなりえ先生だったからこその「ライオン・キング」セレクトには納得しつつ、完成度にも衝撃だったものでした。

あれから数年、りえ先生が選んだ劇は「さるかに合戦」。

オープニングからりえワールド全開!

さる・カニ・はち・くり・こんぶ・うす・ナレーター…と、元気・元気に子どもらしさも全開!

久しぶりの劇の指導に、日々「凄く楽しいですよ~!」と笑顔一杯のりえ先生のそんな姿に嬉しくなった、練習風景でした。

第2部
こばと組・お遊戯「staRt」

今回のこばと組は、私が担当をさせてもらい、担任をしていた当時の最後の演目「ファッションモンスター」以来の久しぶりのお遊戯考案&指導。

Mrs.GREEN APPLEの軽快な音楽をセレクトし、音楽に合わせたポップ感を出すために、ユザワヤでそんなイメージの生地をひろみ先生が見つけ、それに合わせた27色全員違う、皆色のTシャツを注文。

試行錯誤を繰り返していきながら、まゆみ先生・ひろみ先生と共に、子ども達に熱い指導を重ね、こんな練習風景が懐かしく、毎日が楽しいワクワク感で一杯でした。

子ども達からも「今日僕(私)上手だった?」と私に尋ねに来る可愛い姿。

日毎に成長を遂げる子ども達の姿には胸が熱くなり、今の私自身にとっても、この貴重な体験は宝物になりました。

こじか組・お遊戯「ダンシングヒーロー」

女子のみ・男子のみ・男女ペアと高度な構成で、苦悩・苦悩・苦悩…の日々だったともみ先生。

しかし、不屈の精神と根性で、絶対に諦めず、そんな苦悩を乗り切るともみ先生。

バック絵もミラーボールも、小物類も、家に持ち帰ってコツコツと仕上げる日々。

毎日ともみ先生のお子さん達が「お母さん!あともう少しだね!」「お母さん!出来上がって凄いね!」と、そんなふうに家族が声をかけてくれる事が励みになりました…と、私まで泣ける話し。

ちびっこ達のバブリー感!、ともみ先生の昭和感?!と見事にマッチしていた演目でした(笑)

第3部
ほし組・劇「ピーターパン」

2年目のももこ先生が、ファンタジーの世界を表現。

日々の指導や小道具・大道具の製作…年長らしさが求められる構成に頭を悩ませながらも、本当に最後までよく頑張ったと思います。

私も途中指導に加わり、子ども達に心の指導を注入。

同じ言葉でも、言い方で表現が変わる事を、熱を入れて語る。
子ども達は真っ直ぐに耳を傾ける…

そんな子ども達が作り上げたピーターパンだったからこそ、涙がこぼれました。

ももこ先生がいつも口にしていた「心をひとつに」のスローガンが一体化した瞬間でした。

つき組・劇「ライオン・キング」

先ほど触れた、りえ先生の代からの数年ぶりの解禁演目。

そんなプレッシャーもかかりながらの、この演目に賭けるさちこ先生の意気込みは力強く、だからこそ私も安心してこの演目を任せられました。

衣装の生地を日暮里まで購入しに出掛け、そんな衣装から小道具・大道具・バック絵など、全てが勢いあるサバンナカラー。

私の友人が以前、劇団四季のライオン・キングにハイエナのエド役として出演していた事もあり、ライオン・キングを私は何度も見に行き、その度に心震える感動が沸き起こっていましたが、そんな劇団四季の構成をつき組ライオン・キングは、プレッシャーさえもはねのけ、さちこ先生が忠実に、完全に再現。

心震える胸を打つ舞台が、園内で観劇出来た、本当にそんな印象でした。

又しばらくは、封印演目です(笑)

そんな、様々な一人一人の積み重ねの頑張りが集約した12月…

私は、近年稀に見るキャパ超えを起こしました。

心と体のバランスは、若い頃よりも簡単には回復せず、柔軟にはいきません。

その中で乗り越えていくには…

眠ろうと思っても、頭にはたくさんのあれこれが次々と思い浮かび、考え、眠れず、日々はやるべき事で一杯な状態。

もうこうなると、何から手をつけるべきなのかの優先順位も分からなくなり、休日も何をするでもなく時が過ぎ、あっという間に暮れていく。

令和最初の、自分の中の「乗り越えるべき壁」だった。

冬休みも、そんな自分の修復に時間を要した。

そんな中で気付いたのは、日々の生活の大切さだった。

あるべき箇所に物を片付け、不要な物を処分し、整理整理をし、丁寧に掃除機をかける…

汚れている箇所の服をつまみ洗いし、洗濯機にかけ、丁寧に干してとりこみ、アイロンがけが必要な物にはアイロンをかける…

料理のページをめくり、組み合わせを考え、冷蔵庫にあるものとにらめっこをし、食材を買い足し、丁寧に料理を作り、ビールと共に食事をする…

お風呂を沸かし、入浴剤を入れ、ゆっくりと深呼吸をしながら温かいお湯に浸かる…

そして時折、銭湯に出掛ける…

今の私に必要なのは、生活そのものに時間をかける事なのではないかと、この冬休みにやっと自分を取り戻す。

そうして又、乗り越えた壁は又立ちはたがる時が来る…

でもきっと、生活そのものを大切にしていれば、必ず又乗り越えられる…

そんな気持ちで又、新たな年を過ごしていきたいと感じた、令和2年の冬の事でした。

言葉マジック。

昭さんという、凄腕の里親の方がいる。

今まで何人も高齢児童を育てあげ、問題児が、みるみる内に変化を遂げる。

その変貌ぶりに、どんな魔法をかけたのかと、いつも不思議に思う程。

私にも「何かあったらいつでも連絡して」と会う度に言ってくれる昭さんに、現在預かっている高校生の事で相談の電話をかけると、とにかくいつでも、どんな時でも、自分都合はさておき、心からの相談にのってくれる。

人は「いつでも相談して」とは言えても、実際にいつでもは相談に応えられない事は多々あり、だからこそのこの昭さんの姿勢は、中々真似が出来るものではない。

相談する度に、求めている的確な答えをズバッと言ってくれる様は、もはや神がかっていた。

そんな昭さん宅に一度、うちにいる高校生を、レスパイトいう制度を利用して、3日間預かってもらう事にした。

無口に加え、無表情・無感情・無感動の彼女は、3日間で、魔法がかけられた。

帰って来ると、そんな彼女でさえ「昭マジックにかかった」と言った。

昭さんから発せられる言葉は、心に深く突き刺さり、心を深く打たれ、心を揺さぶり、人の内に秘める感情を表に出させてくれる。

まさに「昭マジック」なのだ。

昭さんから、彼女が自分の生い立ちや、自分の感情を内に押し込めなければ生きていかれなかった今までを語った事を聞いた。

そして、昭さんに、私達への感謝の言葉を話してくれたと知った。

電話越しに、涙が出た。

日々は、重苦しい毎日ながらも、それでも彼女にとっては多少なりとも救われた場所になっていた事が、とても嬉しかった。

彼女はあれから、少しずつ変化を遂げている。

日々の会話は一方的な私の喋りでも(笑)、「行ってらっしゃい」「ありがとうございます」など、小さな言葉をかけてくれるようになった。

そして今まで、天麦くんとのほとんどゼロだった会話が 、天麦くんが「カッコいいでしょう?」と言えば「カ、カッコいいね…」とギクシャクながらも返してくれるようになり、私は心で笑った。

それでももちろん、日々は劇的には変わらずとも、少なからず私達に寄り添おうとする頑張りを感じる事は出来る。

高校卒業後は、進学か就職かと進路を選ぶ話しの中で「自分は社会の不適合者だから、バイトみたいなすぐ辞められる仕事に就きたい」と、彼女は語った。

高1で社会の不適合者と自覚してしまう様に、悲しさを覚えつつ、そんな彼女の一言には、一瞬言葉を失った。

もちろん、否定はしなかったし、アルバイトが悪い訳ではない。

出来れば保証ある人生を送って欲しい…
ただそれだけだ。

不適合者と感じずにはいられない人生を歩んできた彼女だったにせよ、それには否定をした。

本来世の中にそんな人はいないはずなのに、そう感じずにはいられない人格を作りあげたのは、決して彼女だけのせいではない。

親の使命を、強く強く感じた。

昭さんの言葉に、これからも私達は生きる糧をもらい、心に潤いが持たされ、人生が満ちる。

私が彼女にしてあげられる事はほんのわずかでも、昭さんの言葉を借りながら、そしてこうして皆で育てていける環境に有り難く思いながら、これからも自分なりの頑張りで、里親の明日への道へと繋げていきたい。

先日、ショッピングセンターにて「里親フェスタ」が開かれ、昭さんがトークセッションにゲストとして招かれた。

今迄育て上げた、保育士になった女の子も観覧に来ていた。

昭さんの家には、今現在実子の娘さんと共に、高校生の女の子が二人、5才の女の子がいる。

来月には、他の家庭の高校生も誘い、昭さん主催のカラオケ会が企画される。

引きこもりの男の子も、このカラオケだけは心の底から楽しみにしているらしい。

「昭さんマジック」にかかる大人・子どもは続々増加中…(笑)

結婚式。

久しぶりの結婚式の列席。

今回は、私の後輩男子仲間41才と、1種免許取得のため通った大学のスクーリングで出会ったアラフォー女子との結婚式。

そもそも二人を結びつけたキューピッド役の「私♡」は、ハリキッて参加。

式の前には、新郎母から直々のお礼の贈り物があり、中身はなんと、驚きのGUCCIの財布!!

一生持てないのではないかと思うくらいの高級財布は、それほどの新郎母の思いが、心から伝わって来ました。

息子の幸せをずっと思いながら、将来を案じ、心配も尽きなかったであろう日々…

そんな息子が結婚の運びとなり、嬉しさと安堵感の親心と私も同じ気持ちになりながら、有り難く受け取らせて頂きました。

当日は、氷川神社での挙式のあと、レストラン・ミクニでの披露宴。

主賓席のテーブルに座らせて頂き、乾杯挨拶を仰せつかっていた私は、やや緊張。

事前に「喋りは3分で…」と言われるも、二人の事をそれぞれに喋りたい私は、5分以上経過。
そんな私に、新郎新婦は苦笑(笑)

そうして無事、大役が終了し、乾杯後には、芸術品のように次々と出されるミクニシェフのお料理達。

飲み物も、スパークリングワインに始まり、白ワイン→赤ワインと、お料理に合わせた飲み物がグラスに注がれていく。

瓶ビール片手に周りの方々に注ぎに行く昔ながらのスタイルは出来なかったものの(笑)、テーブルに留まってワインにお料理に舌鼓。

余興あり、新郎新婦それぞれにケーキを食べさせるファーストバイトあり、終始和やかに会は進む。

しかし、新婦新婦の再入場を前に、音声トラブルが勃発。

深田恭子と瀬戸康史の「ルパンの娘」のパロディーを、二人で熱演(笑)
スクリーンに写し出されたのち、再入場という運びが、音声が流れず。

原因究明のため、式が一時中断。

場内ざわつきを見せるものの、列席者のほとんどがホロ酔い状態のため、中断も全く問題なし(笑)

結局、その映像の音声は流れる事なく、喋りのみ二人がマイクでアテレコしながらの、再入場。

司会の方も、さすがはプロ、謝罪と共に「皆様、音は想像力を働かせてお聞き下さい」と、気の効いた一言に、場内も和む。
そして、二人の映像上の物真似に笑いも起こる。

再入場を終え、ドライアイスが入ったお皿に置かれたカップ内にはお水が注がれ、白い煙がモクモクと出る演出と共に、デザートを頂く。

式の終盤、新婦からの両親への手紙。

泣けた。

そして最後の新郎挨拶。

思いがけず新郎から、「美和さんがいなければ僕達は出会えていなかったので、美和さんには本当に感謝をしています」との言葉で、又泣く(笑)

宴も終演を迎え、年頃の未婚のお子さんを抱える親御さんからは「うちの子も、どなたかいらっしゃれば是非お願いします!」と言われ、「いっぱいいますから、任せて下さい~!!」と、酔いも手伝って、結婚相談所のおばちゃん張りに豪語(笑)
すっかり、目上の方々と仲良くなる(笑)

二人の出会いは、まさに「運命」と言えるべき出会い。
そんな二人の、夫婦としての未来は、明るさと希望に満ち溢れている。
そして、私達まで心から幸せな気持ちになる。

そんな式を、久しぶりに目の当たりにした一日だった。

映像トラブルの一件については、数日後、レストランからミクニシェフ直筆サインが添えられた謝罪文が届いた。

自分達の事よりも、列席者への心配をしていた二人だっただけに、レストラン側としての二人への誠意を聞きたく、謝罪文のお礼と共に、自ら直接の電話。

すると、映像料金の返金やトラブルにより余興登場が遅れてしまった友人達も含め、新郎新婦に改めて食事会を設ける意向を聞く事が出来、安心した。

さすがレストラン・ミクニ。
「素晴らしいです!」の言葉と共に電話を切る。

そして又後日、私にまで改めての食事会へのお誘いメンバーとして、新婦から連絡が入る。

驚きと恐縮をしながらも、レストランの粋な計らいに、又も感動。

二人の人柄はいつも、周りに幸せを運んでくれる。

そんなあなた達に、私もなりたい(みつを風)

(笑)

台風19号。

週末にやってきた、60年ぶりの台風19号。

台風前夜、家の周りの植木鉢を片付けたり、ガラス窓の部分のシャッターを下ろしたりと、やって来る台風に備えた。

そして台風当日、朝からNHKにチャンネルを合わせながら、家の片付けをする。

午前中、何度もスマホから大音量で緊急速報のサイレン音が鳴り響く。(心臓に悪い…)

朝食・昼食と食べ終え、時間の経過と共に、NHKの台風状況放送も慌ただしくなり、同級生とのグループラインもざわつき始める。

そして、江東区にレベル4の避難勧告が発令。

そんな時、2階の天井が雨漏りをし始める。

以前、長時間大雨が続いた日、海抜ゼロメートル地帯の近隣の道路を通行中、車が4分の1程浸水で埋もれた事があったため、今回の台風も侮れないと感じていただけに、段々と不安が募り始める。

近所に住む町会の方から、避難場所になっている小学校の状況を知らせてくれるメールも入り、万が一に備え、玄関にあった靴や荷物を2階にあげ、タオルケット・トイレットペーパー・ビスコ缶・懐中電灯などが入った元々準備してあるリュックの中に、更にお財布や着替えを詰め込み、おにぎりを握り、更にごはんを炊く。

いよいよ雨風も強くなり、バタバタと慌ただしく動いていたら、親の不安を直に感じとったのか、天麦くんはおもらしをしてしまう。

慌てて冷静さを取り戻し、共におさるのジョージのDVDを見る(笑)

午後9時に上陸。

しばらくバタバタ・ビュービューと雨風が降り注ぐ。

前にある公園の、工事中の大きな柵や看板もガタンガタンと大きな音を立てて揺れ始め、修復に訪れた工事関係者らしき方が、雨風の中、必死に柵や看板を柱にくくりつける。

そんな外の風景が、更に怖さを増す。

上陸後、なんだかドッと疲れが出始め、母の作ってくれたかぼちゃコロッケを片手に、缶ビールを開ける(笑)

天麦くんも緊張から解き放たれたのか、スケッチブックにお絵描きをし始める。

「何を描いたの?」と聞くと、「やまのしげぞうさん」と答える。

「誰やねん?」(笑)

一気に皆で笑った。

そうして無事、短時間の内に台風は過ぎ去っていった。

しかし、他の市町村では、被害が拡大していく。

災害の威力は計り知れない…けれど人は、助け合いながら乗り越えていかねばならない。

翌日、天井の雨漏りを心配してくれた建築関係の仕事をしている同級生が、早速家の様子を見にやって来てくれた。

そして次々と、スーパーマンのように、何人もの知人の自宅の様子を見に、飛び回っていた。

この人は以前から、自分を犠牲にしても、「人」を心から助ける、正義の人だった。

「自分の中の信頼出来る人達を、自分で助けられる事は極力動けたら…」との言葉が、心にグッと来る。

災害の後、天井の雨漏りくらいでも人の手助けがこんなにも有難く感じるのだから、ひどい被害で本当に困っている人達にとっての手助けは、これからの生きる希望に繋がっていくほどの大きな力を秘めていると感じた。

台風から一夜明け、ラグビーワールドカップでは、日本が史上初のベスト8進出。

「台風で避難している人達にも、勇気を与えられた」との選手のコメントに、ここでもジンと来た。

この数日、色々な心の変動に追い付いていくのに大変だった、長い長い週末…。

助け合いの人々の心が、被害に合われた方々の又新たな一歩になる事を信じつつ…。